WBC激闘を井端インタビューから振り返える KeyMaker 2013年3月20日 私のWBCは日本が負けたことによって終わってしまいましたが、世界のWBC2013は、ドミニカ共和国がプエルトリコを3-0でくだし優勝して終わりました。 次は4年後になります。 「イッポウ!」テレビ番組で井端選手に直接インタビューしていた放送を見ました。 井端選手のインタビューから井端選手を中心にWBCを振り返ってみます。 井端選手は、予選一次ラウンドの3/2のブラジル戦で劣勢の8回に同点タイムリーを放って存在を示しましたが、翌日の中国戦は出場なしで、3/6のキューバ戦で初のスタメンで出場しました。このキューバ戦は市川選手が腰痛で休みということで、「代わりのスタメンだった」とのことですが、敗れたキューバに9回意地のタイムリーヒットを放って改めて存在感を示しました。これで、先発スタメンが定着しました。 予選二次ラウンドは、3/8初戦、あの台湾戦です。地獄に落ちかけた日本です。 9回の鳥谷選手のツーアウトからの2塁盗塁が成功したのを目の当たりにした、井端選手はこの走塁から「勇気をもらった」ので「自分も波に乗ってヒットを打つことができた」そうです。いいプレーは、いいプレーを次々に導いてくれるんですね。 「今思えば、よくあんなに冷静だったなと思いますね、自分でも。」集中力が増した選手の状態という事でしょう。 予選二次ラウンド東京ラウンドをMVPに選ばれました。 「ここでもらえたということは、優勝すればまたもらえるのではないかなと、色気が出ました。いい記念になりました。」 「ホームランを打てるわけではないですし、現にスタメン出てるメンバーでホームランを打っていないのはたぶん僕だけですし、」 「とにかく塁に出ればあとは誰かが打ってくれるのではないかと思って打っていました。」 ベテランらしく自分の仕事に徹する姿勢、誰かがどうだから自分もこうしたいではなく、自分にできることを確実に行う姿勢はまさにプロフェッショナルです。 そして、準決勝アメリカでのプレーについてです。 野球の聖地アメリカでプレーするのは違いますかとの質問に、「全く違いましたね。十年若かったら、向うでやりたいなという気が起きますし、みんながアメリカに行きたがる気持ちが分かったような気がします。」と話してくれました。 ベテランでさえ気持ちが揺れるほど興奮する舞台でした。他の若手などはどれだけ気持ちが高ぶっていたか、高じてどれだけ浮ついていたか想像に易しいと思います。 私がテレビで応援してた時に日本選手から緊張感が伝わってこなかった理由の一端が見えたようです。 そして、プエルトリコ戦の8回裏日本の攻撃です。 鳥谷選手の素晴らしい3塁打ヒットの場面で、井端選手がきっちり返してくれました。 「まだ行けると思っていました。ただ、ランナーをかえすだけなら内野ゴロでも返せるんですがそれではその回が終わってしまうのでヒットは打ちたいなと思っていました。」 この後、内川選手がヒットで出塁して8回裏、1アウト1,2塁の場面です。 ベンチのサインは、「【行けたら行け】のサインだったです。」とのこと。 しかし、バッターは4番の阿部選手。 「あの場面ではランナーとしては120%の確信がないと行けないです。」 「走るつもりでいたんですけど踏ん切りがつかず、中途半端なスタートを一歩だけ切って思い直して戻ったところ、内川選手がスタートを切ったと勘違いしてしまったようです。申し訳ないです。」とのこと。 内川選手は気持ちがスチールでいっぱいだったようです。試合の場面を判断する余裕がなかったんですね。 「スチールはギャンブルですし、あの場面ではスチールする勇気はなかったです。」 井端選手は、ベンチのサインはあったけど盗塁できないと判断していたが、内川選手はイケイケのサインと判断してしまった、判断の食い違いがありました。 台湾戦の鳥谷選手盗塁の伏線がベンチにも選手にもありましたが、選手に判断を任せるリスクはベンチがとるものですが、選手固有の判断の食い違いがあるという場面ではベンチは選手に判断を任せてはいけない、という強烈な教訓になりました。 チームプレイの鉄則を学んだような気がします。日本チームのベンチが学んでいないことでした。 結局、打者の阿部選手も狙っていた内角の投球を3球も打ち損じてしまって、攻撃が終わってしまいました。阿部選手がホームランでカバーしていれば、チームのミスをチームでカバーできたと思います。 WBCが終わって、 「これからオフだったら正直最高だったんですけどね。帰りの飛行機の中でやっとオープン戦が終わったと自分に言い聞かせて帰ってきました。」 でも、「正直負けてまた出たい。もっとうまくなりたい。優勝したい。」という気持ちが湧き上がってきたそうです。 正直3連覇という偉業が達成できず残念な気持ちのほうが強いです。 が、気持ちを切り替えて、学んだことを大切にして日本代表と一緒に侍ジャパンの次のWBC優勝を目指していきたいです。